娘の学校の音楽発表会に行って来ました。
いよいよ小学校最後の発表会です。グループでアンサンブルをし、J-POPあり、スタンダードあり、ロックあり、とピアノや木琴、鉄琴、パーカッションを使って演奏します。みんなピアノが上手、結構複雑なアレンジの曲を弾きこなしていました。男子にも恐ろしく上手な子がいて、そのままユニット組んで営業に行けそうな感じです。。
最後に全員で「ふるさと」を歌いました。
私と隣に座った仲良しのママ友は涙、涙。早くも「黒い涙」を流しました。
子供の合唱は清らかで癒されます。いくら日頃憎まれ口をきこうとも、子供の歌声は美しい。子供の歌声に弱い私たちは、「あー、だめだ」と涙してしまうわけです。
私が涙してしまうのにはもうひとつ理由があって、この「ふるさと」という歌詞の深さに心が揺さぶられるのです。故郷の光景、郷愁、たとえ都会に育ったとしても、日本人としての遺伝子に組み込まれているのか、山や海や川がある光景は、何か懐かしさを感じさせるものがあるように思います。その光景の中には、家族がいて、友達がいる。そして、幼かった子供の自分がいきいきと走り回っているのです。三番に、「志を果たして いつの日にか帰らん」というフレーズがあります。私は、この「志」に泣けてしまうんですね。
たとえばこの「志」を英訳するとしましょう。どんな言葉がフィットするでしょうか。Dream? ちょっと違う気がするのです。これはあくまで私のイメージなのですが、「志」というのは、単に夢や理想とは違う、また使命とも少しニュアンスが違うような気がします。そこにはエゴがない、なんかそんな感じがします。どんなことであろうとその状況を受け入れながら、よい結果をもたらすためだけに生きる…というのか。エゴがないだけに、そこに美しさがあるような。志という言葉に、昔のよき日本人の精神性を感じるのです。もちろん、いろいろな人がいるわけですから、あくまで印象です。
外国に行き、田舎に行ったとしても、日本の光景とは違います。日本みたいだなあ、と思ったところは。。。思い出せないなあ。拉致被害者の方が日本に帰って来た時に、「日本の山、川、谷を見て、日本に帰って来たという実感がわいてきた」というようなことを言われました。
というわけで、「ふるさと」は泣けてしまうのです。
そんな柔らかい
を持ち、子供の歌声を聴いて泣いてしまう母親を見ながら、同じく泣いているママ友の息子(これまた壇上で隣同士)と
「おばさんふたりが泣いてる」
と、こそこそ話していたらしい。
かなりうんざりしながら。。。。
あのね、
は柔らかいほうがいいのです。いっぱい感動したほうがいいのです。ちょっとのうれしいことでも喜べて、ささやかな幸せを味わえる感性を持つことが、人生何倍にも楽しめることにつながるのだよ、小学生!![]()
なんでもかんでも「おばさん」で片付けるんじゃないよ、小学生!![]()
おっと、いけません。ムキになったほうが負けですね。
ほーほほほほほっ![]()
今日もまた、こうして意味不明の一日が始まります。










